FIELD REPORT / 003

THE FABRIC
BEFORE FASHION

TSUGUO, Fujiyoshida
Archive / Winder / Punch Card / Jacquard / Inspection
June 2026
TSUGUO工場内に残る皇太子来訪時の写真
1960年代、当時の皇太子がTSUGUOを訪問した際の記録。美智子様のドレスに同社のシルク生地が採用されたことを契機に実現したという。

山梨県富士吉田。富士山麓にあるこの街は、郡内織物の産地として長い時間を重ねてきた。甲斐絹、裏地、ネクタイ、インテリア、そして服地。用途は時代ごとに変わりながらも、細い糸を扱い、高密度に織り、光の沈み方まで設計する技術が、この土地には残っている。

ただし、産地の全盛期においても、服地向けの機屋は多数派ではなかった。さらに高い要求水準に耐える服地を作れる現場となると、その数はさらに限られる。TSUGUOは、その少数派の系譜に属している。

TSUGUOの生地は、国内外のハイファッションの現場でも使われてきた。そこでは、単に珍しい柄や高価な原料が求められるわけではない。安定した表面、仕立てたときの輪郭、光の沈み方、長い距離で見たときの品位。そのすべてが服地に要求される。

答えは、完成した布の表面だけにはない。糸を整え、巻き返し、経糸を張り、紋紙を作り、ジャカードやドビーの運動へ変換し、織り上がった布を検反する。その連続した工程の中に、TSUGUOの価値がある。

富士吉田の街並み
富士吉田の街。本町商店街の終点からほど近い場所に、TSUGUOの工場はある。
CHAP.01

BEFORE THE FABRIC

機械の全体像を見なければ、ディテールは読めない

TSUGUOの工場に入ると、最初に見えるのは、単独の機械ではなく、機械同士の距離である。織機、検反機、糸巻き、紋紙、サンプル棚。工程ごとに分断された近代的なラインではなく、ひとつの部屋の中で、糸から布までの判断がつながっている。

ここにある設備は、博物館の展示物ではない。速く、大量に、均一に作るためだけの機械でもない。難しい糸や複雑な組織を読みながら、服地の表情を調整するための道具である。

この現場が興味深いのは、古い設備が残っているからではない。工程そのものが、今も現役で機能しているからである。

TSUGUOの工場全景
TSUGUOの工場全景。織機、糸、紋紙、照明、作業台が、ひとつの空間の中で接続されている。
TSUGUO工場内に並ぶ織機と糸巻き
工場内の機械全体。古い設備は、懐古のために残っているのではなく、現在の服地を作るために使われている。

FIELD VIEW:この工場では、糸から布までの工程がひとつの空間の中でつながっている。

CHAP.02

THE ARCHIVE

生地アーカイブは、次の布を考えるための設計資産である

工場には、生地サンプルが大量に残されている。色柄の見本ではない。そこには、糸、密度、組織、風合い、用途、取引の記憶が残っている。

服地専門の機屋にとって、アーカイブとは過去を懐かしむ棚ではない。次の布を考えるための検索装置である。どの糸を使うか。どの密度で打ち込むか。どの組織なら光が沈み、どの組織なら表面に緊張が出るか。布の可能性は、この記録の中に折り重なっている。

産地が縮小していく中で、こうした記録は数字に残りにくい。だが、服地の現場では、過去に織った一枚の布が、次の企画の基準になる。これは資料であり、記憶であり、設計の地図である。

TSUGUOの生地アーカイブ
生地サンプルが並ぶアーカイブ。過去の仕事は、次の設計のために残されている。
TSUGUOの生地サンプル室
サンプル室。布は保管されているのではなく、参照される状態で存在している。
TSUGUOのスワッチラック
スワッチラック。色柄だけではなく、組織、厚み、落ち感、光の沈み方を確認するための資料である。
CHAP.03

THE THREAD BEFORE THE FABRIC

布は、織機ではなく、糸の状態管理から始まる

富士吉田の機屋を訪れると、どうしても織機に目が向く。音、振動、動き、布が生まれていく瞬間。だがTSUGUOで本当に見るべきものは、その少し手前にある。

生糸や細番手の繊細な糸は、そのまま織機へ送ればよいわけではない。巻き癖、糸切れ、毛羽、張力のムラは、織り上がった布の表面にそのまま現れる。高い服地品質で求められるのは、特別な柄だけではない。安定した表面、予測可能な品質、そして布としての静かな緊張である。

そのためTSUGUOでは、必要に応じて糸を巻き返す。ワインダーとは、糸を別のボビンやコーンへ巻き直し、織布に適した状態へ整えるための装置である。ただ移し替えるのではない。糸の走り方、巻きの硬さ、テンションを整え、織機上のトラブルを事前に減らす。

この工程は、服になった後には見えない。しかし高級服地では、この見えない準備が決定的になる。布は、織られる前からすでに管理されている。

糸巻きが並ぶワインダー周辺
糸巻きが並ぶワインダー周辺。糸は素材であると同時に、服地の品質を左右する最初の設計単位である。
TSUGUOのワインダー設備
ワインダー設備。繊細な糸をそのまま織機へ送らず、巻き返しによって糸の状態を整える。品質管理は、織布工程より前から始まっている。
織機の前で作業する後ろ姿
織機の前で作業する後ろ姿。布は機械だけで生まれるのではない。糸の状態を見て、止めるか、進めるか、調整するかを判断する人間がいる。

TECHNICAL NOTE:ワインダーは、糸を織布に適した状態へ巻き返す工程である。細番手や生糸のような繊細な糸では、巻きの硬さ、張力、毛羽、糸切れのリスクが織り上がりに影響する。

CHAP.04

ANALOG DECISION

アナログは、遅れているのではなく、判断を残すための形式である

TSUGUOの現場には、紋紙と、それを作るための柄パンチ機が残っている。紋紙とは、穴の有無によって経糸の上下運動を制御する物理的な設計データである。

デジタル化が不要という話ではない。大量生産には大量生産の合理性がある。ただ、少量で難しい糸を扱う服地では、設計と現場の距離が短いことが品質につながる。TSUGUOに残る紋紙や柄パンチ機は、その距離を保つための道具でもある。

穴を開ける。紙を吊る。糸の動きを見る。織り上がりを確認する。その一つひとつの工程が、設計と現場を切り離さない。

紋紙を作るための柄パンチ機
紋紙を作るための柄パンチ機。図案を穴の配列へ置き換え、織機が読むための物理的な設計データを作る。
織機に吊られた紋紙
吊られた紋紙。穴の配列が、経糸の上下運動を指示する。紙に記録された情報が、織機の動きへ変換されていく。
積まれた紋紙
積まれた紋紙。柄や組織の情報が、物理的なカードとして残されている。
CHAP.05

THREAD / WARP / TENSION

糸の運動が、布の表情を決める

織物は、経糸と緯糸の交差によってできている。経糸は、織機の後方から前方へ送られる縦方向の糸である。緯糸は、その経糸の間を横方向に通され、筬によって打ち込まれる。

布は、ただ糸を交差させれば生まれるわけではない。経糸が必要な本数、長さ、密度で揃い、一定の張力を保った状態で織機へ送られることが前提になる。ここが乱れると、布面の歪み、柄のズレ、織りキズにつながる。

ジャカード機の上部にある通糸や吊り込みは、紋紙の情報を受け、経糸を上下させるための制御系である。布の柄は、染められる前に、まず糸の運動として作られる。

ジャカード機上部の通糸と吊り込み
ジャカード機上部の通糸と吊り込み。紋紙の情報を受け、経糸を上下させるための制御系である。
織機後方から送られる経糸
織機後方から送られる経糸のシート。糸はまだ布ではなく、張力を保ったまま前方へ送られている。

TECHNICAL NOTE:経糸は織機に縦方向へ張られる糸、緯糸はその間を横方向に通される糸である。経糸を上下に開口し、そこへ緯糸を入れ、筬で打ち込むことで織物は形成される。

CHAP.06

FROM MOTION TO SURFACE

糸の運動が、布の表情へ変わる

工場には、山田ドビー製のドビー装置や、KASHUの銘板を持つ機械が残っている。ただし、ここで重要なのは機械名そのものではない。

ドビー装置は、経糸群の上下運動を制御し、小柄や変化組織を作るための機構である。ジャカードは、さらに細かい単位で経糸を制御し、複雑な柄を織物として成立させる。

機械の内部で進行しているのは、装飾ではない。糸の運動が組織になり、組織が表面になり、表面が服地として認識される。その変換の精度が、布の品位を左右する。

山田ドビー製のドビー装置
山田ドビー製のドビー装置。経糸群の上下運動を制御し、小柄や変化組織を作るための機構である。
KASHUの銘板が見える織機周辺
機械側面に残るKASHUの銘板。ここで見るべきなのは名称ではなく、糸と機械がどのように接続されているかである。
ジャカードの生地が織り上がる様子
紋紙に記録された情報は、ここで初めて布になる。穴の配列は経糸の運動へ変換され、その結果として柄が現れる。
CHAP.07

HUMAN SCALE

人物写真ではなく、現場の写真として残った一枚

工場内で渡邊社長の写真を撮ろうとすると、自然と機械の奥に入ってしまう。

本人は前に出るタイプではない。取材中も、自分の話より機械や生地の説明を優先していた。

結果として残ったのは、人物写真というより現場の写真だった。織機、糸、照明、作業空間。その中に渡邊氏がいる。

服地産地の機屋にとって重要なのは個人の存在感ではなく、糸から布までの工程そのものなのかもしれない。

機械の奥に立つTSUGUO代表の渡邊社長
TSUGUO代表、渡邊社長。人物写真でありながら、同時に現場そのものを写した一枚でもある。
CHAP.08

INSPECTION

布は、織機を出た瞬間にはまだ完成していない

織り上がった生地は、そのまま完成品になるわけではない。検反機にかけ、光を通しながら、織りキズ、糸切れ、汚れ、色ムラ、幅、長さを確認する。

検反は、最後の事務的な検査ではない。糸から始まった判断を、布として確定させる工程である。織る前の準備、織機上の調整、織り上がった後の確認。そのすべてがつながって、はじめて服地になる。

TSUGUOの検反機
検反機。織り上がった生地を光に透かし、織りキズ、糸切れ、汚れ、色ムラ、幅、長さを確認する。布は織機を出た瞬間ではなく、検反を通って初めて品質として判断される。
FIELD NOTE

FIELD NOTE

TSUGUOが面白いのは、古いからではない。糸が布になるまでの工程が、今も分断されていないからである。

糸を巻き返すこと。紋紙を残すこと。張力を管理すること。織り上がった布を検反すること。それらは懐古的な所作ではなく、服地の表面に残る実用的な判断である。

素材は、混率や目付だけでは説明できない。糸の状態、組織、機械の癖、産地の時間、人の判断。その積み重ねが、最終的な布の品位を作っている。

服地を見ることは、完成した表面を見ることではない。

その表面が、どのような工程と判断を経て現れたのかを読むことである。

TSUGUOには、その痕跡が今も工程として残っていた。

TSUGUOのロゴ
TSUGUO。継承されているのは名前だけではなく、布を成立させるための判断である。

Text & Photography: Tsukasa Chiba

Recorded at TSUGUO, Fujiyoshida / June 2026

PLOTOTYPE — Studies in Material and Structure.